創世記
-番外-


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凛皇子の保父さん修行日記






 ―――…一年後。





「殿下っ!お待ち下さいっ!」
 ざわざわと、警備の衛兵や城に奉仕する者達がざわめき始める。
 その中央を堂々と横切るのは、この王宮の主の子息である凛だ。
 その背には、黒光りする彼の身長ほどもある剣が背負われている。
「たかが魔獣討伐に行くだけだ。そう、騒ぐな」
「それが問題なのです、殿下っ!お一人で行くなんて、どれほど危険がおわかりですかっ!」
「討ち死にするのであれば、私がそこまでの者だったということ。それだけだ」
「殿下っ!」
 お目付け役の者の声は、もう悲痛な悲鳴だった。
「主っ!」
 そのお目付け役の悲鳴に被さるようなしてかかった声。
「フ、フローズヴイトニル公っ!」
 お目付け役が明らかにほっとした顔を見せた。
「また、一人で討伐に向かわれるのか?主」
「…ヴィト」
「フローズヴィトニル公からも言ってやって下さいまし!」
 お目付け役をちらりと一瞥したフローズヴィトニルは、はぁと盛大な溜息をついて見せた。
「…主。実は、ロキ様から伝言を賜ってきたのだが」
 ぴたっと、凛の足が止まる。
「…ロキから?」
「ああ。実は……」
 フローズヴィトニルが何かを言いかけた時、凛の背後から何かがふわふわと飛んできた。
「…凛にーたま」
 ふわふわふわふわ…
 黒い小さな翼をばたつかせて飛んできたのは、妹のヘルヴォルだった。
「にーたま…あそんで…」
「…主。実は、ロキ様が暫し外出しなければならぬ用が出きた故、ヘルヴォル様の子守りをして頂けないかと…」
 ヘルヴォルが懐いているのは、この王宮内でも極僅か。
 母ロキと父アルダフェズル、育ての親でもあるレグルス、そして凛だ。
「…レグルスはいかがした?」
「ロキ様のお供だそうだ」
「……親父殿は…無理か…」
 凛の脳裏に、ヘルヴォルを置いて行く事が頭によぎる…が。
「……放っておいたら、親父殿が…切れるな」
「…にーたま…」
 ぽよぽよ浮いているヘルヴォルを見て、溜息を一つ吐いた。
「…致し方ない。…本日の遠出は中止とする」
 ヘルヴォルを胸に抱いて、凛はマントを翻した。
 その後ろでは、家臣達が一様に安堵の溜息をついた。


「さて、ヘルヴォル」
 ヘルヴォルお気に入りのテラスで、凛は向き合い真摯に問いかけた。
「遊ぶとは、何をして遊ぶ?いつも言っているが、私は子供の頃遊んだ記憶がない」
「…にーたまと遊ぶのー」
「だから。何して…?かくれんぼか?鬼ごっこか?二人でしても面白くないだろう?」
 既にそれは、経験済みだったりする。
 一番いい『遊び』は、手合わせなのだが今のところアルダフェズルがそれを嫌がって、させていない。
 凛とヘルヴォルは一歳しか違わないが(正確には十ヶ月)、ヘルヴォルは母体に起こった影響で成長が物凄く遅く、今だ6歳児のような容姿だ。今年7歳の円よりも幼い容姿。
 容姿、体力とも十歳程度になったら本格的に武術を教えると言う。
 しかし、それは身を守る為だ。皇女であるヘルヴォルは、戦いには参加しない。
「主。温泉に連れて行って差し上げてはいかがか?」
 フローズヴィトニルが進言する。
「そうするか。湯治もたまには良いものだ」
 その一言で、今日の遊び(?)は湯治と決定した。





+++++






「ヘルヴォル…一つ聞きたい」
 王宮の裏山に涌き出る温泉の脱衣所で凛はまじまじとヘルヴォルを見つめた。
「…それ…お前、女ではなかったか?」
 ヘルヴォルの足の間には、女にないはずのものが…。
「ヘル、女の子ー」
「いや…それがついているということは、男だろう?」
 凛が首を捻る。
「あんの、男の子だと危ないから、女の子ー」
「はぁ?」
(あとで、ロキに聞いてみよう)
 凛はそう思い直すと、ヘルヴォルを抱え岩で囲まれた温泉へと入って行く。
 そこには、先客がいた。
「エリス。来ていたのか?」
 そこには、五男のエリス。
「あ、兄様。ヘルヴォル」
 ぷかぷかとタオルを泳がせて遊んでいる、
「珍しいね」
「ヴィトに勧められてな」
「ヴィトニル公に?」
 納得が行ったように、今年14歳のエリスは微笑んだ。
 美しい銀色の髪に赤い瞳。
「ねぇ、兄様」
 湯に浸かった凛にエリスが寄ってくる。
 ヘルヴォルは既に、泳ぎ出してしまっている。
「シよ?」
「…ヘルヴォルがいる」
「大丈夫たよ。お湯で見えないから」
 そう言うと、エリスは凛に口付けた。
 凛はなんの感慨もなく、瞳を開いたままそれを受ける。
「ヘルヴォルが余計な事を覚えたら、親父殿に真っ二つにされるぞ…エリス」
「だって。俺に教えこんだの、兄様でしょ?」
 エリスが凛の膝に跨る。
「待っててね、慣らすから」
 んっと、小さな声がしてエリスが自分の後腔に指を差し入れたのが分かる。

「…ヘルヴォルの前で変な事はやめておけ」

 低い声がして、エリスがひゃっと声を上げた。
 そこには、顔に【紅の龍】の刻印がある男。
「親父殿」
「とーたま」
 凛とエリスの驚きをよそに、ヘルヴォルが泳ぎながら湯に入って来たアルダフェズルに近寄って行った。
「おー、ヘルヴォル。気持イイか?」
「んー」
 アルダフェズルがにこっと、笑う。
「凛、エリス。ヘルヴォルに余計な事を教えるな。やるのならば、ヘルヴォルのいないところでヤれ」
「親父殿…職務はどうしたの?」
 お楽しみを…と思っていたところを邪魔されたエリスが口を尖らせる。
「抜け出して来た」
 納得がいくと、凛とエリスが顔を見合わせた。
 ロキが帰ってきてからというもの、アルダフェズルはよく仕事を抜け出す。まぁ、それなりに大事な物はこなしているらしい。
「親父殿。一つ質問が…」
「なんだ?凛?」
「ヘルヴォルは、女ではなかったのか?オスだったぞ?」
 その言葉に、エリスが驚いたように声を上げた。
「ヘルヴォルって、女の子だって、ロキ様達が…」
「ああ、それか。万が一の為に、ロキが偽っていたらしい。継承権争いに巻き込まれないようにな。今しがた、議会がヘルヴォルを継承権第二位保持者として決定を下した」
 それは、自動的に凛以外の兄弟たちの順位が下がる事を意味する。
「ヘルヴォルは、一番血統が濃い。その上、現在の正室の子だ。誰の異存もなかった…議会はな」
 議会は異存はなかったが子供たちの母親は、そうではなかったらしい。
 ロキを正室に据えたアルダフェズルがまずやった事は、側室愛人の一掃だった。
 本来ならば王宮からも退去命令を出したかったのだが、それはロキが拒絶した。
 『母親を取り上げないでよ』
 それが、ロキの理由だった。
 側室としての地位は奪われたものの、王宮に住まう事を側室達は許された。

『主っ!主はいらっしゃるかっ?』

 黒い狼が、駆け込んで来る。
「おや?これはヴィトニル公」
『陛下もいらっしゃたのですか…』
 慌てたように黒い狼、フローズヴィトニル・ギリは、主である凛とその父親、弟に目を向けた。
『火急の知らせらです』
「なんだ?」





『レグルス騎士長が懐妊しました!』





 ――――ずるっ!
 ぶくぶくぶくぶく……





「なんだとぉぉぉぉぉ!」
 一旦お湯の中に沈んだ、凛とアルダフェズル、エリスは声を揃えた。
「懐妊?あの、レグルスがっ!」
「相手はっ!」
 凛とアルダフェズルは、相手の名を聞いて再度沈んだ。


「ガ、ガルムだと…」


『はい。ガルム軍師です』
「あのレグルスが、ガルムと?」
「レグルスは、ロキの供ではなかったのか?」
 アルダフェズルが疑問を口にする。
『気分が優れぬからと帰り…医師によって、発覚致しました』
 それよりも、とフローズヴィトニルが続ける。
『それで、レグルス騎士長がキれまして…。王宮のガルム様の寝所が破壊されました』
「キれた?」
「あの二人、そういう関係だったのか?」
 アルダフェズルと凛の疑問に、フローズヴイトニルは一度に答えた。
『ガルム様は、正面からではレグルス様に勝てないので、おケガをなさっていた時に薬を盛ったとか……』



 ぶくぶぶくぶくぶ…


「友人しているの、嫌になってきた…」
「ガルムは、自分の都合のいいように事実を解釈してしまう脳内構造だからね」
 エリスがぼんやりと呟く。





 それから、十月十日後。
 忙しいレグルスに代わり、ヘルヴォルと共にガルムとレグルスの愛の結晶ならぬ薬の結晶を育てる凛の姿があったとか。


 凛は、子育てのエキスパートとなっていく自分を、密かに哀れんでいた。










 その子供の名が、ヴィズル・ヘズ=フィンという名だという事を追記しておこう。





END.

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