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5ヶ月目だというレグルスは、目立ってきたお腹を抱えてヘルヴォルに笑いかけた。
「よかったな、手合わせしてもらえる事になって」
「…んー…」
こくりと、小さな体で大きな曲湾刀を持ったヘルヴォルが頷く。
「…あぁ、凛っ!良いか、ヘルヴォルに傷一つつけてみろ、殺すっ!」
その隣では、ひっしりとヘルヴォルの片手を握ったアルダフェズルが凛を睨みつけている。
(傷つけるなって…真剣持っての手合わせで一体どうしろというんだ、この親バカは)
事の発端は、些細な事だった。
ガルムとの祝言の宴をどうしても嫌だと言い張ったレグルスに、アルダフェズルが言ったのだ。
「何かプレゼントしてやるぞ〜」
それは、薬を盛られて子供を作ってしまってからすったもんだの挙句気持が結ばれた親友たちへの、ささやかなからかいだったのだが。
それがまずかった。
「何でもいいんだな?」
「ああ。このアルファズル皇帝、アルダフェズルにできる事であればな」
全てといって良いほどの事は出来るという意味で、嫌味を込めたアルダフェズルよりレグルスのほうが上だった。
「それじゃ。ヘルヴォルと凛の手合わせを見せてもらおうか」
「なにぃぃぃ!」
「何でもできるし何でも良いんだろ」
レグルスが上手だったのだ。
最も溺愛する弟にして妻のロキとの間にもうけた一粒種。
その、可愛い可愛いヘルちゃんと。
「いやぁぁぁ〜〜〜〜!」
今や、アルダフェズルと並び『アルファズルの双璧』と詠われる、凛との手合わせなんて!
「傷でもついたらどうするのっ!俺のかわいい、ヘルヴォルがっ!」
「何でも良いって言ったの、お前だぜ」
いやぁぁぁ〜〜〜〜!とアルダフェズルの奇怪な叫びが木霊する。
レグルスはしてやったりとにんまり微笑んだ。
おもちゃにされてたまるか。
ただでさえ、ガルムとの祝言の宴で『妻』としてぶしつけな瞳に去らされるというのに。
ここで、ガルムに対するヤツあたりと共に面白がっている親友に一泡ふかせてやろうじゃないか。
レグルスがにんまりと笑った。
「ルールは殺し無しの時間無制限一本勝負」
ガルムがニコニコと笑う。
(殺しがあったら、私がどのみち殺されるだけだろう…)
手を抜いてヘルヴォルに殺されるか…どれ程の腕前かは知らないが。
反対に、ヘルヴォルに傷をつけて親父殿に抹殺されるか。
凛は、どうしてこうなったんだと自分に次々と襲いかかる『不幸』を呪った。
ロキが戻ってきてからというもの、アルファズルの王宮はほのぼのとした空気が流れるようになった。
以前ならば当たり前だったとガルムが言うからには、これはロキのおかげなのだろう。
ロキが、この王宮を癒しているのだ。
「二人共、終わったらお茶にしようね」
などと、愛娘…ならぬ、愛息子の危険をロキはスコーンを用意しながら微笑ましく見ている。
(さて…どうすれば良い)
凛は考えをめぐらせた。
ただでさえ、互いの武器は暗黒界で最強と詠われる武器種【ファルシオン】だ。
いざとなったら、『創生師』ロキを悲しませない為にファルシオン達が互いに攻撃を止めるだろうが…。
(ヘタするとなにかい?私は切られるだけか?)
多分、ファルシオンは幼いヘルヴォルにその重心を傾けるだろう。
元々、凛の【闇のヴェルザンディ】も、ロキのファルシオンなのだから。
「んじゃ」
ひょいっとガルムが用意した椅子に、レグルスは腰掛けた。
「スタート」
間延びした声で、それは始まった。
「レグルス、まだハイハイしないうちは良いいよ、手がかからないからね」
「それは俺も知ってるさ。でも、あれはヘルが特別な気もするぜ。あそこまで無口で面倒くさがりな子供もそう居ないし」
「それもそうだよね。ヘルはおとなしかったから手がかからなかっただけなのかも…。でも、レグルスの子となるとねぇ」
「…やっぱ、血気さかんとか?」
「でも、ヘルだって兄様の遺伝子入っているけど…。誰に似たんだろうって具合だよ?」
「…んー。必ずしも親に似るとは限らないってことかぁー」
そこで茶飲み話をしている二人っ!
凛は大声で叫びたかった。
アルダフェズルとガルムはただただ呆然としている。
これは反則だろうっ!
叫びたくても叫べない。
何故なら。
「凛にーたま、防御遅い」
恐るべし。
その身の丈ほどもあるが凛にとっては小さなファルシオン【紅のゲンドゥル】を容易く扱うヘルヴォルのなんて強い事!
(だー!そういえば、レグルスは親父殿に次ぐ剣の腕前だった!)
その愛弟子を相手にして、簡単に終わらせようってのが甘かった。
(しかも遺伝子半分親父殿だ〜!)
半端じゃない。
これでは、いつ戦場にでてもやっていける。
並の騎士達では相手にならない。
アルダフェズルも、ガルムもあまりの事にただただ呆然とするしかなかった。
凛が切りこめば、ヘルヴォルはそれを受け流す。
受け止めはしない。
知っているのだ。
受け止められないという事を。
あきらかな『力』の差がある。
それを補うには、風に揺れる木の葉のように身を任せる事。
凛が切りこめば、ヘルヴォルは防御の為剣を接触した後その凛の力に身を任せる。
その後に反撃をしかけてくるのだ。
これでは、アルダフェズルの心配も希有というもの。
「あ…血だ」
「ヘルヴォルぅぅぅぅぅ!」
その呟きに我を忘れて突っ込んできたアルダフェズルを凛は、命からがら避けた。
(なんだ、この親父殿の変わりようはっ!)
「あー、腕落ちてるな」
「れーも、思う?」
レグルスの呟きにヘルヴォルが首を傾げた。
「半年もさせて貰えなかったからな。楽しかったか、ヘル」
「…うん」
ヘルヴォルが花のような笑顔を見せた。
(もしかして…)
「ヘルは、戦うの好きだものね。でも、無闇な戦いはだめだよ」
(やはり、親父殿似……)
どうせなら。
どうせなら、ロキに似てくれと思う凛、まだ歳若いある日だった。
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