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死の匂いが充満する世界。 それでも、日は昇り夜は訪れる。 美しい星空も浮かび、明るい太陽も照り付ける。 暗黒界……。 恐ろしいほどに美しく澄み渡った、死の世界。
小国・タムズ。 久方ぶりに戻った祖国は… 「…どうした事だ…?」 そんな事聞かずとも分かって居るのに、アルダフェズル・ハーヴィは思わず呟いた。 あちこちから火の手が上がり、数刻前までは息をしていたのだろう無残な死体が転がっている。 「父上…!母上…!」 ぼんやりとその光景を見ていたアルダフェズルは慌てて、両親の住まう王宮へと駆け込んだ。 「父上っ!! 母上っ!!」 王宮は、一番むごい殺戮、破壊をされていた。 至る所に一体誰のものかわからない体の一部が転がっている。
アルタフェズル・ハーヴィは、この小国・タムズの第一王子であった。 彼は、王位につく為強くなる為に数年前に旅に出た。 三週間ほど前。久方ぶりに父王の使い魔から手紙を受け取った。 曰く、『弟が生まれた』 そして、急いで戻ってきた結果が…これだった。
からん…と崩れた瓦礫の上に石が落ちる音が大きく響いた。 ハッとして振り向くと、そこには一人の初老の女性がうずくまっていた。 片腕を根こそぎ奪われて、血みどろになって… 「アスクッ!!」 アルダフェズルは悲鳴を上げた。 その女は、自分を育て上げた乳母だったからだ。 「アスクッ!しっかりしろ、アスクッ!!」 「う…うぅ…あ、アルタフェズル…様…」 がしっと、思った以上の強い力でアルダフェズルはアスクに腕を掴まれる。 一体、何処にそんな力が… 「タムズは…タムズは…落ちました、アルタフェズル様…」 「アスクッ!良い、喋るなっ!!今すぐ手当てをっ!!」 「…父王様、王妃様…共にお亡くなりに…」 ずしんっと、頭が重くなる。 両親が死んだ。 この光景の中、思い描いていた結果の一つだ。 (生き延びていてくれればと…) そう思ったけれど…。 「いきなり…いきなり…攻め入られ…」 「良い、アスク…良いから…」 「アルタフェズルタ様…」 アスクは、片腕で血が滲むほどアルダフェズルの腕を握り締め、上半身を起こした。 そして、体を瓦礫に凭れかけバランスを取ると血が纏わりつく片腕を服の中へと差し入れた。 その中から、布で包まれた何かをゆっくりと取り上げた。 「…アルタフェズル様…」 それを、アルダフェズルに差し出す。 両腕でそれを受け取り、アルダフェズルは絶句した。 「こ…これは…?この子は?」 「…弟君…ロキ・ローレンズ様です……私には…ロキ様をお隠しして逃げるので…精一杯…」 「アスクッ?!」 ごほっと、乳母は大量の血を吐き出した。 「…ロキ様を…お守り…」 「アスクッ!」
起こった悲劇も…… 何も知らずに穏やかに眠る産まれたばかりの弟を胸に抱いて……
吐き気がするほど晴れた空を、アルダフェズルは睨み付けたのだった。
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大国・アルファズル。 「王、ご無事で何よりにございます」 年老いた宰相にお座なりに返事を返し、アルダフェズルは身に纏っていたマントを取り女中に手渡した。 現れた服には、赤い血がこびりついている。
アルダフェズルは祖国亡き後、残った者たちを率いその上に旅で知り合ったごろつきどもを衛兵として呼び寄せ、祖国・タムズを討った国を討ち滅ぼした。 少数精鋭による機敏な動きと、アルタフェズルの人柄・頭脳・腕をもってして収めた勝利だった。 その後、新たな国を創りアルタフェズルは国王に収まった。 その国の名をアルファズルと言う。 そして、周りの国々及び現れる魔獣との戦いが日々続けられる。 世は、正に戦国時代であった。
「陛下。湯浴みの用意が整ってございます」 美しい女中が言うのに、アルダフェズルは首を振った。 「後で入る」 そして、血濡れの顔を服の袖で拭うと王宮の奥を目指して歩き出した。 「陛下。隣国より、謁見の願が出ております」 「アルタフェズル様。南の森にて、怪しき一団を発見致しました」 陛下… 陛下… アルタフェズル様… 「全ての用件は、後で聞く。今は控えろ」 煩く付き纏う家臣たちをそう言って、下げアルダフェズルは王宮の奥を目指した。 暫く行くと、戦国の時代の暗黒界には似つかわしくない華や緑や可愛い調度品で飾られた一角に出る。 そこは、アルダフェズルと弟・ロキの主寝室のある一角だった。 ロキは、幼い頃よりアルダフェズルのベッドで眠りにつく。 そして、アルダフェズルはそれを笑って迎え入れる。 それでも、ロキはちゃんと自分専用の自室兼主寝室を持っていた。 その、ロキの部屋の前に数人の侍女があたふたとしているのが目に入った。 「いかがした?」 愛しい弟に何かあったのかと、アルダフェズルの声はおのずと低くなる。 「へ、陛下っ!」 「あの…」 「…ロキに何があったっ?!」 びくんっと身を縮込ませた侍女は、震える声で説明を寄越した。 「そ…それが…。二日程前からお部屋に閉じ篭って…」 「…室内におられるようなのですが…」 ロキは、あの惨劇にもかかわらず真っ直ぐに育ってくれた。 魔族には珍しい優しい心の持ち主だ。 それ故、よくからかわれた。 まだ幼く『地位』や『権力』というものを良く知らない子供達には、アルダフェズルの国王という肩書きもそう通用しない。 子供達だけでなく、ロキに陰口を叩くものは大人にも大勢いる。 「わかった。私が行こう。…お前たちは仕事に戻りなさい」 アルダフェズルがそう言うと、侍女たちは頭を下げてその場を後にした。 そして、アルダフェズルはロキの部屋の扉を叩く。 「ロキ?ロキ、俺だ」 「………にいさま?」 暫くして、そう、微かな声が聞こえてきた。 「入るぞ」 ぱきんっとガラスが割れ寝ような音がして、ドアにかかっていた結界が弾けた。 それは、先ほどの女中達でも簡単に解いてしまうような魔法。 ロキが精一杯作り上げた拒絶。 「に、にいさま…お、お帰りなさい…」 泣いていたのだろう。 ロキは慌てて目元を拭っていた。 「…何を泣いていた?」 アルダフェズルは、ロキが座っているロキのベッドに腰を下ろしてその髪を梳いた。 問いかけに対して、ロキは唇を硬く噤んだ。 「…ロキ…。言えないのかい?…私にも?それとも…私だから?」 すると、ロキの瞳にじわっと涙が湧いた。 「ひっく…兄様ぁ…僕は、本当に兄様の弟なのぉ?」 「え?」 そんな当たり前の事を聞かれて、アルダフェズルは目を丸くした。 「みんなが言うんだ…ひっくぅ…僕には…僕には…兄様みたいに強い力も無ければ…ひっう、魔族に相応しくないって…」 ポロポロと透明な涙を流す愛しい弟を、アルダフェズルは抱き寄せた。 「そんな事はないぞ、ロキ。お前は俺の可愛い弟だ…」 何より… アルダフェズルは続けた。 「その胸の中心に咲く華が、その証だろう?」 アルファズルの一族には、それぞれ躰に幾何学模様とは別に文様が浮きあがる。 それは、一人一人違った文様だった。 アルダフェズルには、左頬から額にかけての紅色の龍。 そして、ロキには白い百合の模様が浮き出ていた。 「でもっ!! でも…これも…っ!」 白百合。 それは、聖母の象徴。 魔族には、あまりにも程遠いものだった……。 「ロキ…」 そっと、その頬に流れる涙を唇で拭い取る。 「…アルファズルの祖先は、堕天使だったと聞く…。だから、ロキ。白百合であっても、何も恥じる事はない。美しいではないか?白百合は。…ロキのように真っ直ぐで、健気に咲いている…」 「ひぅ…兄様ぁ…」 アルダフェズルは、見上げてきた愛しい弟に笑いかけた。 「ロキ…愛しているよ。俺のたった一人の弟…」 キスを落とす。 何度も、何度も、顔中にキスの雨を降らせた。 「ふふっ…くすぐったいよぉ、兄様ぁ」 そう言って微笑んだロキは、お返しにその唇にキスをした。
穏やかに続く日常。 その直後アルファズルは、暗黒界一の大帝国となった。 そしてそれは、二人の運命を大きく左右する事となる。
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