|
「シュシュ!ヘルヴォルはどこだっ!」
アルダフェズルの叫びに、シュシュはなんのことでございましょうと引きつった笑みを浮かべた。
「誤魔化すな、シュシュよっ!この騎士の腕章に描かれているのは、お前付きの騎士だろうっ!」
ばっと差し出された腕章を遠目で見ながら、シュシュはチッと…小さな舌打をした。
シュシュは、姉・スヴァリよりも向上心の高い女だった。
アルダフェズルの側室の座に収まったのも、アルダフェズルが皇帝だったからだ。
それに加え、逞しく容姿も整っている。夫としては申し分ない。
しかし、アルダフェズルは正室亡き後も、がんとして正室を迎え入れようとはしなかった。
まるで、誰かを待っているように…
そう、あのロキをっ!
(女のカンを甘く見てはいけませんことよ、アルダフェズル陛下)
「かーたま…」
ぽよぽよと浮いてきてしまったヘルヴォルを、シュシュは慌てて抱きしめた。
「ヘルヴォルっ!」
「チビっ!」
(なんてこと!)
これでは、謀叛人だ。
ロキだけではなく、アルダフェズルも…凛もガルムも…そして、王位につけたい我が息子、瑠まで現れるとは!
「母上様…なんて見苦しい」
息子に卑下され、シュシュは美しい顔を怒りの色に染め。
そして。
「ヘルヴォルっ!」
シュシュは隠し持っていた短剣を、ヘルヴォルの抱えるぬいぐるみごしに首元へと突きつけた。
「…殺しますわ」
静かな声。
「返して!ヘルヴォルは関係ないでしょう!シュシュ様っ!」
「関係ありますわっ!」
ロキの叫びに、シュシュは笑いながら叫んだ。
「返して欲しくば陛下…念書を。お約束を頂きたいのですわ」
「なに?」
矛先がロキではなく自分に向いたことに、アルダフェズルは今のロキの苦しみもヘルヴォルの危機も自分が招いた結果だと知った。
「第一に私の身の安全を」
「……」
彼の溺愛する弟の娘に手を出して、ただで済むとは思えない。
「第二に、凛様の王位継承権の剥奪を」
その言葉に、一同はシュシュの思惑を知る。
継承権一位の凛がその権利を剥奪されれば…自然と瑠が一位となる。
「第三に…陛下の退位を!」
駆けつけた者達が一様にどよめいた。
「凛……」
それは、とても静かな声だった。
凛は、父王のその声を初めて聞いた。
「頼む…。権利を破棄してくれ…」
自分を見つめないまま、シュシュを睨みつけて、アルダフェズルは言った。
「頼む」
父が。
あの、尊大で唯我独尊の父が。
凛に向かい、初めて「頼む」と言った。
「私は…」
構わない。
元々王位になんて、興味はないのだから…。
そう、凛が答えると、アルダフェズルが小さく、小さく呟いた。
「ありがとう…。恩にきる…息子よ」
と。
初めて、アルダフェズルが凛を『息子』と呼んだ瞬間だった。
「シュシュ!その条件を飲む!その子を返してくれ!」
アルダフェズルの叫びに、シュシュよりも早くロキが反応した。
「ダメだ、兄様っ!」
「ロキ…。俺は、お前に何もしてやれない…せめて」
お前の子だけは、なんとしても守ってやる。
お前を傷つけ、苦しめた分だけ。
「ダメだっ!」
それでも尚、ロキは叫んだ。
「良いんだよ、ロキ」
「良くないぜ、そりゃ」
その言葉に、一同は振り返った。
壁に持たれ、荒い息をついているレグルス。
「レグルスっ!」
ガルムが慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか…なんてケガを…!」
「平気だ…つぅ」
「強がりはよしなさいっ!この、アンポンタン!」
「? 相変わらず、意味不明な脳内構造してんな…ガルム…っと。アル…俺の目の黒いうちは…お前以外の皇帝は認めねぇぜ」
「レグルス…」
アルダフェズルが、呆然と呟く。
「俺達みんな…お前だから、ついてきたんだ…それに…」
レグルスは、塔のバルコニーを見上げ…ヘルヴォルに向かって、笑いかけた。
「ヘル!こういう時はどうする?」
「……れーにおちえてもらった…戦え…」
ぽつりと、ヘルヴォルが言った。
「あの小さい子に何ができる!」
バカかお前はっ!
昔のように、アルダフェズルがレグルスに向かって、叫んだ。
「ただのちっこい子供じゃねぇよ、アル…あの子は」
「かーたま!」
ヘルヴォルがロキを呼んだ。
「兄様…あの条件を飲む事はない…」
銀色の瞳が、アルダフェズルと同じ真紅に変る。
「ヘルヴォル!『創生師』ロキが許す!【紅のゲンドゥル】を!」
そう、ロキが叫んだ途端、ヘルヴォルはぽんっと持っていたぬぐるみを宙に放り投げ…。
そして。
「なっ!」
「きゃゃゃぁ!」
真赤な曲湾刀に変化したソレで、シュシュの首をうっすらと切った。
つーと、血がシュシュのドレスを濡らした。
「あ…あ…」
怯えたように、シュシュがあとず去る。
「…ヘルヴォルの剣技は…俺仕込みだ」
レグルスが笑う。
彼は、騎士団々長を勤めるだけの剣の腕がある。
その、レグルスが教えこんだヘルヴォルの剣技。
そして…。
「アレは…ファルシオン…!」
そう。
あのぬいぐるみは、暗黒界最強の武器種【ファルシオン】…ソレだったのだ。
「あんな幼い子が…」
誰かが呟いた。
途端!
アルダフェズルの足が宙を蹴る。
そして、腰の剣を抜き取ったと思ったらソレを大剣に変化させ、シュシュに向かって切り込んだ。
―――ガツッ!
響く…。
金属音。
誰もが目を見張った。
「ろ…き…?」
アルダフェズルが、呆然と呟く。
シュシュを庇ったのは、紛れもないロキだったのだ。
その手に
…アルダフェズルと同じ剣を持って!
「殺さないで…」
「しかし…」
「殺さないで。シュシュ様の一番下の御子は、まだ十にもなっていない…母親を父親が殺さないで!」
ロキが強い瞳で、アルダフェズルを見た。
確かに、シュシュの一番下の息子はまだ6つだ。
「しかし、コイツはお前の娘を…」
「…殺さないで。【漆黒の脅威】…創生師、ロキが命じる。戻って…」
アルダフェズルが。
凛が。
ガルムが。
そしてシュシュが。
呆然と目を見開いた。
アルダフェズルのファルシオンが、アルダフェズルの意志ではなくロキの意志で元の剣の形に戻ったのだから。
意志を持つ剣、ファルシオン。
それは、主であるアルダフェズルに背いたのだ。
「…どういう…」
「創生師」
それに、レグルスの声が聞こえた。
「この、暗黒界に独りしかいない創生師。それが…ロキだ」
「創生…師?」
「魔獣に愛され…無機質に愛され…そして、暗黒神に愛された者。ファルシオンを司る、ファルシオンを産み出す者」
「どういう意味ですか?」
ガルムが問いかける。
「ロキは、この暗黒界で唯一の者。ファルシオンを創り出す事ができる。故に、創生師」
周りの野次馬達がざわめきだした。
ファルシオンを創り出すなんて…。
そんな事、誰もできないはずだ!
「事実…だ。その、【紅のゲンドゥル】はロキが創ったもの」
その言葉に、ガルムがはっとした様に顔を上げた。
「文献で読んだ事があります。『二つの白き脅威を持つ者揃いし時、暗黒界は支配される』そのファルシオン名のは…【純白の脅威】」
【漆黒の脅威】と…対となるファルシオン。
「さすがは学者、ガルム。…アレが、その伝説のモンだ」
レグルスが静かに告げた。
+++++
あの日。
500年に一度といわれる闘神の花が50年という短い年月に咲いた。
あの夜。
ヘルヴォル・ガグンラーズ・アルファズルは生まれた。
それ故、『軍勢の守り手』という名を与えられた。
そして。
もう一つ。
ヘルヴォルの誕生と共に、ロキが無意識に『産み出した』もの。
それが、【純白の脅威】。
それ以来、ロキの元にはファルシオンが集まってくるようになった。
あの、古びた短剣達は全て皆、ファルシオンだったのだ。
+++++
ベッドに横たわったレグルスからその説明を受けたガルムは、呆然とした。
「つまり…ロキは、皆が言う『無能』どころではなく…」
「…連中の方が無能さ」
シュシュはその後、遠く離れた城砦に一生監禁される事となった。
ロキを少しでも傷つけた者の中でアルダフェズルが下した罰としては今までで一番軽い罰だった。
「…ん?ちょっと待って下さい」
ガルムはふと、引っ掛かりを覚えてレグルスを見やった。
「闘神の花が咲いた夜だと仰いましたよね?」
「ああ」
「…それは…」
『ロキを手にいれたモンが、この暗黒界を支配できる。ロキを守れるのはお前だけだ。国家じゃなくて個人レベルでロキを狙ってくるぞ』
親友にそう言われたアルダフェズルは、目前でおいしそうにケーキを頬張るヘルヴォルをぼんやりと眺めていた。
ロキは、ここにはいない。
守るのは、お前ではないかと問うたアルダフェズルに、レグルスは笑った。
『あの子が一体何モンなのか…それがわかったら、答えは出るさ』
「陛下」
側近達が集まってくる。
「なんだ?」
「ロキ様ですが…今後どうなさると」
早速おいでなすった。
創生師をここに留めておけば、暗黒界を支配したも同然だ。
「知らぬな。あいつの事だ。…レグルスが治ったら、出て行くだろう」
行かせたくはない。
しかし……。
「…そうなっら、お前ともお別れだな」
ヘルヴォルの頭をぐりぐりと撫でるとヘルヴォルは、顔を上げて不思議そうにアルダフェズルを見上げた。
と、そこへ凛がやってくる。
「親父殿」
「なんだ?」
「チビの着替えだ。円のでは少々サイズが合わなかったので作らせておいた」
「…ふ…。お前がか…随分と…気に入った様だな」
それに、凛が冷笑を浮かべる。
「親父殿の宝玉とこの子は私の命の恩人。そして、私を個人として扱った。それが何か?」
「否」
アルダフェズルは苦笑すると、もう一度ヘルヴォルを見た。
クリームで汚れてしまった服で、口を拭いている。
「…お前を見ていると、小さい頃のロキを思い出すよ。わかれるのは寂しいものだな」
そう言うと、また、ヘルヴォルは不思議そうにアルダフェズルを見上げた。
そして。
「とーたまは、一緒じゃないの?」
アルダフェズルと凛、周りの者達が目を見開いた。
+++++
「とーたまって…お前の父親は、レグルスだろう?」
「ちがーう…」
アルダフェズルは苦笑する。
どうやら、なつかれてしまったようだ。
「第一、俺はもう二十年もロキと会っていない。お前の父親である筈がない」
そう。
まだ、五歳そこらの子供など…出来るわけがないのだ。
「だって…とーたまだもん。ヘル、わかるもん」
そう言って、ヘルヴォルは自分の上着を脱ぎ始めた。
その腹…臍の上。
アルファズル王家独特の刻印。
【紅の龍と白百合の花】
それが、ヘルヴォルの刻印。
「かーたまいうの」
ヘルヴォルが、瑠の刻印を指し示す。
「これ、とーたまと同じだねって。顔、一緒なの」
アルダフェズルの顔にある刻印。
周りの者達がざわめき始める。
「あんね、あんね。ヘルねこれでもね…」
「嘘でしょう…?」
ガルムは呟いた。
「嘘じゃねぇよ」
「だって、あの子はどう見たって子供ですよ!」
「だから、嘘じゃないって」
嘘でしょうと、ガルムは再度呟く。
「あんね…ヘルね、19ちゃいなの」
呆然と。
ただ、呆然とするしかなかった。
19歳とは、一体…。
「かーたまのお腹の中にいる時ね、かーたまね、とてもかなちい事があったの。だから、ヘルは成長が遅いの」
19年前。
だとしたら、アルダフェズルが父親だという可能性もある。
ロキが嘘をつくとは思えず…。
そしてまた、何よりもその【紅の龍と白百合】が何よりの証!
「なんで…」
「そうするしか…なかった」
その声に一同が降り返る。
そこには、哀しげで今にも消えてしまいそうなロキが佇んでいた。
「俺があのままここにいたら、凛と瑠が傷つくと思った。だから、逃げた」
ゆっくりと歩み寄って、ヘルヴォルを抱き上げる。
「…消えるよ。二人でも、どうにかやって行けるから」
ぱさ…っと、漆黒の羽根が広がる。
「兄様…ゴメンね」
一粒、涙が零れた。
「愛していたんだ…子供の時から。愛しているんだ。だから、消えるよ」
それでも気丈に微笑んで。
今にも飛び立ってしまいそうなロキを、アルダフェズルはその腕を引き寄せる事でひき止めた。
「俺も行こう」
それは。
誰もが予想だにしていなかった言葉だった。
「陛下ッ!」
悲鳴が上がる。
しかし、アルダフェズルの心は決まっていた。
「この国になんの意味がある?この地位になんの意味がある?」
「兄…様?」
「愛するお前が…弟としてではなく、愛する者としてのお前が居ない俺に、なんの意味がある?」
ロキの目が大きく見開かれる。
「国なんて関係ない。どうなろうが知ったこっちゃない。…行こう、一緒に」
ふるふると、ロキが首を振る。
「嘘…だ」
「嘘なものか。今まで俺が、お前に対して嘘を言った事があったか?」
もう一度、首を振る。
「でも、兄様の子供たちがいる…」
「…すまんな、凛。俺には…・俺が子供として必要なのは…」
「チビだけでしょう」
苦笑するかのように凛が言った。
自分達が…息子達と名のつく者達が愛されていないことなど、まだ6つの円すら知っている。
「陛下ッ!」
側近の悲鳴をものともせずに、アルダフェズルは続けた。
「俺にとって、お前が一番なんだ。全てを滅ぼして…お前が手に入るのであれば…俺がこの国を血に染め上げてやるッ!」
ロキの瞳から、大粒の涙が流れ落ちる。
それを、アルダフェズルは唇で拭った。
「泣くな。…本気だぞ、俺は」
「兄…様…」
「脅してでも手に入れてやる。お前が頷かなければ、この国の者達全てが死に絶える事になる」
アルダフェズルが微笑んだ。
「…俺と、一緒にいよう」
皇帝アルダフェズル。
その隣に寄り添うは実弟のロキ。
アルダフェズルは、「神々の父」という意味を持つ。
ロキとは、「終える者」という意味を持つ。
皇帝アルダフェズルは、偉大なる神々達の父であった。
そして、破壊者としの恐れられた皇帝を終えさせたのはロキであった。
【純白の脅威】
ガルムの口からそれの別名が告げられる頃。
二人は共にあった。
この、緑香る王宮で。
癒しに溢れ、優しさに満ちる王宮で。
【漆黒の花嫁】
美しい艶やかな黒髪をたたえた、漆黒の花嫁の姿がそこにはあった。
|