愛の巣へ落ちろ! 




 八

「苔山クーン、失礼ー。うちの子、こっち来てない?」
扉を叩く音に、薄れかけていた翼の意識が引きとめられた。
(…兜先輩?)
 間違いない。声は兜のものだった。
 シルベールが舌打ちする。扉には鍵がかかっているらしく、外からノブをガチャガチャと回す音がした。
「苔山クン、開けてくんないかなあ?」
「悪いけど兜くん、ここにはボクの騎士達しかいないよ。引き取ってくれない?」
 シルベールが言い放った瞬間だった。
 華麗な彫り物が施された扉の上下左右四点を突いて、銀色に光る針金状の糸が飛び出した。糸は扉に巻きつきピンと張る。とたん、扉はバラバラに切れて床に落ちる。
「翼くん!」
「つばさ〜〜〜ッ」
 部屋に駆け込んできたのは真耶と、央太だった。央太は既に泣いている。
「このカマ野郎!」
 真耶の爪がギラッと伸びる。鎌野の顔面を膝頭で蹴りつけ、真耶は華麗な動きでその首筋に中指の爪を突き入れた。鎌野はギャアアッと叫んで床にのたうちまわった。
「つばさ〜〜ッ、うわあああん!」
 央太が翼に抱きついて泣き出した。
「央太、とりあえず翼くんを抱き起こして」
 真耶が翼の肩に腕を回し、泣いている央太を胸の上からどける。
「……く、くそっ」
 青ざめたシルベールが身を返して逃げようとしたが、入り口に立つ影を見て後ずさった。
「……兜…、…澄也」
 ぼやけた視界で、翼は兜と一緒に立つ澄也を見た。澄也は琥珀の眼を、冷たく細める。
「お前、何をしたか分かっているな?」
「…君に相応しくない相手だから、こらしめてやっただけだよぉ」
 えへ、と首をすくめるシルベールを、騎士団の面々が守るように取り囲んだが、その表情はほとんど青ざめて、震えている者もいる。
「アホ騎士ども、一歩でも動いてみろ。その瞬間切り刻む」
 どすのきいた低い声。騎士の一人がヒッと声をあげた。とたん、針金状の硬い糸が稲妻のように取り巻き連の体に巻きつく。
「ひええッ」
 騎士達は硬直し、直立不動した。糸が身に食い込み、彼らの着ている制服がちりちりと裂け始める。
 澄也が一歩進み出ると、シルベールはよろよろとあとずさった。
「ちょ…ちょっと待ってよ、澄也……おかしくない?」
 慌てた口調で、シルベールがとりすがる。
「君ほどの人がさ…なんでこんな、シジミチョウなんか相手にするのォ?」
「お前よりはマシだ、ゴケグモ」
 澄也の手の中で、鋼鉄の糸がチリリッと震えた。
「ボ、ボクは何もしてないよォ? か、彼らが勝手にさ……ボクは止めたんだけど…」
「ゴケグモ、きゃあきゃあ喋るな」
 澄也が言うが早いか、平べったく重ねられた糸束がシルベールの口を塞いで巻きついた。よろめいて尻餅をついたシルベールの顔が、恐怖で歪む。澄也の背中からどっと溢れ出た糸が束になって、太い大きなクモの足のようなものを作り上げた。
 ギチギチギチ……
 糸束でできたクモの足は、きしみながら持ち上がり、先端がシルベールの背を刺した。眼を見開き、シルベールは倒れこむ。口の糸束がはずれ、不意に、シルベールがキャーッと叫んだ。
「かゆいかゆいかゆいかゆい! 全身かゆい〜〜!」
 猛烈な勢いで全身をむしりはじめたシルベールを、翼は半ば呆然と見た。
「かゆいよぉ〜〜っ」
 わんわんと泣き出したシルベールを兜が無理矢理立たせ、既に鋼鉄糸を外された騎士の一人に、押し付ける。
「保健室連れてってね。多分しばら〜く痒いと思うけどね。あ、そこのカマキリも回収よろしく」
 騎士達は姫と鎌野を抱え上げると、そそくさと部屋を逃げていった。しばらくの間、連れて行かれるシルベールの泣き声が廊下いっぱいに響いていた。
「つばさっ、つばさっ、ごめんねごめんね、ぼく、こんなめに遭わされるなんて思ってなくてっ」
 央太が翼の胸に頬を押し付けて泣き続けていた。背中の痛みはまだじくじくと続いていたけれど、危機的な状況を脱した安心感で、翼の意識は完全に戻っていた。
「泣くなって…、お前が、真耶先輩達に教えてくれたのか?」
 泣きべそをかいた顔で、央太がコクンと頷いた。
「超階級主義でえげつなくて、更に澄也に並々ならぬ執着をしてるシルベールのことだから、何かしでかすだろうと思ったんだよ。兜を探し出したら、ちょうど澄也と生徒会室にいるところで」
 真耶が翼の肩を抱き上げたまま説明する。その瞳に冷たいものがさし、真耶は兜と澄也を睨んだ。
「君らが結託して、翼くんにいやらしいことをしてたなんて…言っておくけどそれもシルベールと同罪だよ!」
「やだなぁ、マヤマヤ、いやらしいことしたのは澄也クンだよぉ」
「生徒会室を貸したのは誰だい!」
 兜は真耶の言葉を無視して、翼の傍らに膝をついた。
「かわいそうに、怖かったねぇ、シジミちゃん」
「あの…来てくれて、ありがとうございました」
「いいんだよ」
 兜が頭を撫でてくれ、そのとたん少し離れた場所に立っている澄也が不機嫌な声を出した。
「ベタベタ触るな、クソカブト」
「怖ぁい、澄也クン」
 翼は澄也を見上げた。翼に対して斜め向きに立つ澄也は半分そっぽを向いている。さっきまであんなに怒っていたのに、今は激情のかけらもない、冷めた表情だ。
(一応、来てくれたんだ…)
 どうしてだろうと、思う。央太や真耶は翼を大事にしてくれているし、兜は寮長だからだろう。
 でも、澄也は?
(シジミチョウ、嫌いなのに……)
「無関係とは言えないからな」
 ふと、澄也が言う。きょとんとした翼に、じろりと琥珀の視線を向けてくる。
「俺に全く関係がないわけじゃないからな、来ただけだ。他に他意はない」
「あ……そうですか。ありがとうございます。…一応」
 そんなものだろうと思いながら、そしてそれだけでも来てくれたことはありがたいと思いながら、どうしてかやっぱり、がっかりした。どういう言葉を、自分は期待していたんだろうと思う。
 ぐすぐす泣きながら、央太が床に落ちていた翼のシャツを拾って肩にかけてくれた。
 真耶の手を借りてふらふら立ち上がると、不意に、澄也が二枚の紙を翼に差し出した。一枚はくしゃくしゃになったものを引き伸ばした部活一覧。もう一枚は、入部届。翼が、生徒会室に投げ出してきたものだ。
「お前のだろう」
 わざわざ丸めたものを伸ばしてくれたのかと思うと、ちょっと意外な気がして、おかしかった。一覧の部活名のほとんどには傍線が引かれ、一度丸めたせいで、鉛筆の線がこすれて薄くなっている。
「……いいんです、それ。もう、要らないんです」
「…部活に入るんじゃないの? 翼」
 央太が心配そうに横から訊いてくる。翼は苦笑して、首を横に振った。
「どこも入れてくれないんだ。俺、シジミチョウだから、ダメなんだと。…ま、いいんだ。ずっと放課後に特別な活動ってしたことなかったし。何でもいいからやってみたくて…でも、仕方ないから、勉強頑張ることにする」
 真耶の眉が同情するように歪み、央太の眼に涙が潤むのを見たら、何だか情けなくなって翼は顔を伏せた。
 自分で自分がかわいそうに思えたら、そこから立ち直っていくのに時間がかかることを翼は知っている。真耶や央太の同情を受け入れたら、きっとよけい辛くなる。
「……放課後、何か活動できればいいのか? 要は、何かの団体に所属して、参加したいということだろう?」
 澄也に訊かれ、顔をあげる。
「おい兜、書記の椅子にまだ余裕があったろう。こいつを使ってやれ」
 澄也が兜を振り返り、顎をしゃくって翼を指した。
「書記…ねえ、ちょうど真耶の下だから翼くんにはいいと思うけどぉ」
「問題ない。こいつは努力家だし真面目だ。根性もある。育てれば真耶くらいには使えるようになる」
「ちょっと、くらいって何さ」
 真耶は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、翼の顔を覗くとにこやかになる。
「僕個人としては、翼くんなら大歓迎だよ」
「う〜ん、オレもシジミちゃんは大好きなんだけどぉ……」
 兜が唸り、澄也が「何が問題だ」と問い詰めた。
「一年生を入学早々生徒会に入れるのは特例だからねぇ。推薦状もいるし、会が揉めたら困るんだよね」
「推薦状は心配ない、俺が書く。教師の認可も俺がとってやる」
「澄也クンに言われたら教師連は二つ返事だろうけど?」
「他のメンバーから不満が出なければいいわけだろう。お前、来年度の生徒会予算、5%の拡大を理事会に申請するって言ってたな」
「うんそう。ちょっと厳しいんだよね〜」
「申請の要旨をまとめて持って来い。俺から頼んでやる」
「マジでっ!」
 兜が両手をあげて万歳した。
「澄也クンが言ってくれたらきっと通るよぉッ、さしもの食えない理事長も、可愛い甥っ子の言うことには耳を貸すもんねっ」
 兜と澄也のやりとりを、翼は半ば呆然として眺めていた。満面の笑みで振り向いた兜が、「翼くん、やるだろ?」と訊いてきてびっくりする。
「……俺が、生徒会に?」
「やろうよ、翼くん。僕もいるし、楽しいよ。生徒会の人間に頭の悪いのはいないから、シルベールみたいな階級主義者は少ないし、もしいても、ちょっと刺しておくから」
 真耶にぎゅっと肩を抱かれ、翼は頷いた。ドキドキする。部活でさえ諦めていたのに。自分が、生徒会なんて大それた場所で活動できるなんて夢にも思っていなかった。
「先輩、ありが……」
 礼を言おうとした時、澄也はもう部屋を出ていくところだった。
「お礼はまた後日、改めて言うといいよ。元気になってから」
 真耶がそろそろ寮に戻ろう、と翼の体を支えながら歩き出した。
 横に寄り添う央太が、翼の左手をぎゅっと握って頬を髪にすりつけてくる。
「翼、あのね……澄也先輩ね、翼がシルベール様に連れて行かれたって聞いてから、すっごく怖かったんだ」
 頬っぺたを桃色に染めて、央太が嬉しそうに耳打ちしてきた。
「本気で怒ってたんだよ。…澄也先輩、翼のこと、結構好きだと思うなぁ…」
 よかったね、と言われて、翼は「まさか」と笑った。
(だって俺、初日に、嫌い発言されてるしさ…)
 そう思うのに、どうしてだろう。胸の奥にじんわりと熱が広がって、急に体が軽くなったように感じる。背の痛みも、和らいだ気がする。
 真耶が隣で、深々とため息をついた。
「もうちょっと自覚してくれたら……ねえ」
 それはどっちのことだい? と背後の兜が訊いて、両方、と答える真耶の言葉に、央太は鼻歌まじりに翼の手を揺らした。廊下に出ると、最初の曲がり角のところで、澄也がつまらなさそうに立って待っていた。


 七日後、翼の生徒会書記着任が正式に認められた。推薦状を書いてくれたのは澄也。翼の担任は、澄也の名前を確認すると何も言わずに認可印を押した。
 生徒会来年度予算の拡大は前向きに検討されているらしい。二日前、翼は兜に抱きつかれ「シジミちゃんのおかげだよっ」と頬にキスされた。
 真耶に訊いたら、学園の理事長は澄也の叔父で、兜は前々から澄也に協力をあおいでいたらしい。
「澄也は叔父さんが大の苦手でね、兜はずっと断られてたんだけど……翼くんのことがあったから、やっと重い腰あげてくれたみたいだね」
 にっこり笑った真耶は、「でも感謝することなんてないよ、これくらいして当然なんだから」と付け加えるのを忘れなかった。
「そういうわけにはいかないよなぁ……」
 三階、右端の部屋。
 澄也の居室の前でうろうろしながら、翼はため息をついた。
 翅の傷も治り、身辺も落ち着いたから、澄也には改めてお礼を言わねば、とここまで来た。
 夕飯を食べ終え、明日の自習も終えて後は風呂に入るだけの夜。
 今日最大のイベントを前に、翼はどうやって部屋の扉を開けたものか迷っていた。
(とりあえずノックして、それで、普通にありがとうございます…だよな)
 巣にはかからないよう、気をつける。
 簡単なことのはずなのに、何故か緊張する。翼にはいまだに、どうして澄也が自分を助けてくれたのかが、分からないでいた。
 大きく深呼吸し、部屋の扉をノックする。
 中からは、何の声もしない。
 もう一度ノックして、今度は、
「先輩、入っていいですか?」
 と声をかけた。
 応える声はなかったが、かわりにゆっくりと扉が開いた。見ると、内側のノブに糸がかかっている。入っていい、ということだろう。
 澄也特有の、甘い香りが充満する部屋の中へ足を踏み入れる。警戒していた巣はなかった。
 澄也は奥の勉強机に斜めに座り、分厚い本を読んでいた。背表紙には『Medizinlexikon』と書かれている。アルファベットだが綴りが読めない。翼の知らない外国語だ。澄也は黒フレームの眼鏡をかけている。フレームの上に黒い前髪がかかり、甘いマスクに知的な艶が加わって、翼はどきりと胸を鳴らした。
「何の用だ」
 本から顔をあげず、澄也が訊いてくる。
「……あの、俺、生徒会に入れることになりました」
「ああ、兜から聞いた」
 素っ気なく返され、翼は一瞬言葉を探した。
「あの、ありがとう…ございました」
「別に」
 会話が終わってしまった。沈黙がおり、部屋の中に澄也が本をめくる乾いた音が響く。
「…先輩、どうして俺のこと、推薦してくれたんだ?」
 ふと、訊いていた。ずっと気になっていたことだ。
 澄也がちら、と眼を上げる。
「…先輩、俺のこと褒めてくれただろ。努力家だとか、根性があるとかって…あれって、どうして」
「見たままを言っただけだ」
 波立たない澄也の声が、翼の問いかけを遮った。
「何か間違っていたか?」
「ううん、嬉しかったけどさ。…でも先輩、シジミチョウは嫌いって言ってたから、俺を褒めてくれるなんて思わなかったし」
「それとこれとは別だ」
「別じゃねえよ。だって、俺先輩が何でここまでしてくれたか、全然理解できてないし…」
 イライラしたように、澄也が本を閉じた。
「俺の言っていたことに勇気づけられたとか、言ってなかったか?」
「え?」
 思わず、翼は訊き返した。
「俺の言葉でここに来たんだろうが。それをあんなところでしょげられたら、少しくらい手伝うのは当然だろう」
(……当然って)
 翼はぽかんとした。
 澄也が、初めのころ翼が言った言葉を覚えていたのも驚いたし、しょげていた自分の気持ちを察していたことも、驚いた。
「だから手伝ったって…それもやっぱり、責任感、なのかよ…?」
 助けに来てくれたときみたいに。
 澄也は眼鏡を外して、机の上に置いた。何気ない口調で、「バカ言え」と応える。
「使えそうにないヤツを推薦したりするか」
 じわっと広がった。
 胸の中に、温かな、湯のような感情。
 嬉しい。澄也がちょっとでも認めてくれたことが、すごく嬉しかった。
 潮のようにこみあげてくる温かい気持ちで、自然と顔がほころぶ。
「俺…やっぱこの学園来て、良かった」
 両親に言われるまま、近所の高校に進学して、ほとんど登校せずに家の中で過ごしていたら、きっと苦しんだり落ち込んだり、傷つけられることはなかった。
 でも、今感じている嬉しさを感じることも、やっぱりなかった。
「俺、先輩に会いたくて来たんだぜ。一度がっかりしたなんて言ったけど、今、やっぱり会えて良かったって思った」
 嬉しさが先に立って、言葉がつるつると滑り出す。
「先輩、勇気くれて、ありがと。俺、また頑張れそう」
 えへへ、と笑う翼に澄也は相変わらずの無表情だったけれど、もうそんなことは気にならなかった。
 すっきりした気持ちでひきあげようとしたら、不意に澄也が立ち上がった。
「お前、風呂は入ったのか?」
「? まだ。央太と一緒に共同風呂行こうって約束してる」
 とたんに澄也の眉が寄る。不機嫌な声で、「そんなところには行くな」と決め付けられる。
「なんで?」
「俺と入れ」
「は? 何でだよ?」
 首を傾げると、澄也が苛立ったように翼の腕を掴んで引っ張った。ぐいぐいと部屋のバスルームに連れて行かれ、翼は眼を白黒させた。
「ちょ、何で俺が先輩と風呂入るんだよっ」
「感謝してるなら、それくらいしろ」
「はあっ?」
 何で、感謝してたら一緒に風呂に入るのか。
 脱衣所に押し込まれ、シャツのボタンを開けられながら、翼はムッと澄也の腕を押さえた。
「おい! 俺は売春婦じゃねえぞ!」
「そんなふうに思ってはいない」
 澄也の手が止まり、ため息をつかれた。じっと見つめられ、翼はたじろぐ。
「……物のように扱うつもりもない。嫌なのか…?」
 嫌なのか、と訊いてきた時の澄也の眼差しが一瞬さみしそうに見えて、翼はどきんとした。心臓の高鳴りはおさまらず、頬に熱が集まってくる。
 物みたいに、と翼がなじったことを覚えているのか。
(何か、調子狂うなぁ……)
 強引で傲慢かと思えば、急に優しくなったりする。翼にはまるで無関心に見えるのに、小さな一言をよく覚えてくれていたりして。だからだろうか、嫌だと思えない自分がいる。
 無言で、シャツを脱ぎ始める。ちらっと澄也を見上げると、口の端でふっと笑われた。
「先輩も早く脱げよ」
「誘ってるのか?」
 澄也は軽口を叩き、着ていたTシャツをまくりあげて脱いだ。

 澄也の部屋のバスルームは、翼の部屋についているユニットバスとは比べ物にならないほど広かった。浴槽は、澄也のように背の高い男でもほとんど足を伸ばして入れるほど広く、ジェットバス付。両端に銀色のアーチ状のバーがあって、ジェットに当たりながら掴まれるようにもなっていた。
「俺、背中とか流したほうがいいのか?」
「何もしなくていい」
 お礼がわりに入れというのだから、そういうことかと思っていたのに、澄也は意外にも何も強要しなかった。
(バブルバスで良かったぜ……)
 お湯が透明だったら、互いの裸が丸見えできっと居たたまれなかった。
 澄也がつかった後、おずおずと追いかけて、向かいに入ると翼はまともに顔を合わせるのが気恥ずかしくて泡を玩ぶのに夢中なふりをした。
 澄也の裸身を見るのは初めてだ。
 初めて抱かれた時、澄也は服を着ていたし、二度目は抱かれたというものではなかったし。
(だからかな、うう、緊張する……っていうか、何でヤロウの裸にドキドキしてんだ、俺)
 かああっと頬が熱くなる。脱衣所で鳴りはじめた心臓は、まだ止まってくれない。
 視界の端にちらちらと留まった澄也の体は引き締まり、しなやかな筋肉を備え、逞しかった。無駄な贅肉は一切なく、きれいについた筋肉の凹凸が、完成された男の色気をかもし出す。とても、正面から見ることができない。
「わ、」
 突然湯の中で腕を掴まれ、翼は声をあげた。
「こっちへ来い」
 澄也に引っ張られ、くるりと回転させられる。そのまま、翼は背中を澄也に抱きこまれるような形になった。
(う、うわわわわ……な、何だ、この体勢…)
 のぼせたように、全身がゆだつ。澄也は湯の中で翼の胸を抱きしめ、うなじにそろりと口付けてきた。
「…あのカマキリに、どこまでされた……?」
「カマ…? ああ、サー・鎌野?」
 翼は記憶をたぐる。あまりよく覚えていないが、大したことはされていない。
「ちょっと触られただけだよ。服脱がされて」
 後ろで、澄也が舌を打つ。その手が翼の胸をゆっくりと撫でまわす。それだけで、翼は背筋がざわざわするのを覚えて戸惑う。
(だ、ダメだろ俺…こんなことくらいで)
 胸を撫でる澄也の腕に手をかけて、形だけ押さえても意味がない。
 澄也の指先が、悪戯するように翼の両乳首をくい、とつまんだ。
「……っ」
 とたん、体がぴくんと揺れる。澄也は淡く背をしならせた翼の首筋を、ちろちろと舐めた。
 尻の割れ目に、硬いものがあたり、翼はびくんと揺れた。間違いなく、それは澄也の雄だ。
(うそだろ……もう、そんな)
 まだ本格的な愛撫もしていないのに、既に勃ちあがっているらしい澄也の杭が、尻の割れ目にぎゅっと押し付けられる。体の奥に、ぞくぞくしたものが駆けて、翼は眼をぎゅうとつむった。
「あ……」
 薄い胸の肉を寄せられ、乳首をくりくりとこねられた。甘い痺れが背筋をしならせる。
「あふ…、んッ」
「……糸束でされるのは、嫌なのか?」
 耳元、甘いバリトンで問われて、息が乱れる。
「嫌っていうか……だって…ン、先輩にされてるって……わかんねぇ、じゃん」
 突然澄也に抱きしめられ、顎を上向かされた。あっという間に唇を塞がれ、差し込まれた舌に、咥内を蹂躙される。
「んん…、ん」
 脳芯を溶かす澄也の毒が伝わってくる。足が開き、尻の割れ目に押し付けられた澄也の杭を、臀筋で時折ぎゅっと締め付けていた。
「お前に挿れたい。いいか?」
 唾液が糸をひくキスの合間に訊かれた。澄也の片手が腹をたどり、硬くなりはじめた翼の性器を握られる。
「んん、あ…」
「挿れていいか? 翼…」
 きゅうーっと体の奥が締まる気がした。心臓が絞られて、痛いような気持ちいいような、妙な感覚がした。
 ほしい。
 毒に浮かされているせいなのか、自分自身がそう思っているのか分からない。脳芯のとろけた部分で、翼は、澄也が欲しかった。
 うなずくと、体を持ち上げられる。翼は浴槽についたバーを握って、腰を浮かせた。湯面から尻を突き出した恥ずかしい格好。
(俺……絶対、ヘンだ)
 こんな格好、どうしてできるのか分からない。
「糸を使うが、お前を楽にするためだけだ。嫌がるな」
 柔らかな糸束が、翼の胸と腹、太股にそっと巻きつき、バーに絡んで体を固定してくれる。力を抜いても、糸束が翼を湯の中に落さない。
「少し、濡らすぞ」
「…んんっ」
 何度か入れられた糸束が、うねりながら翼の恥孔に侵入して、じゅくじゅくと内部を濡らした。
「あ、あ……あっ、ああっ、あっ」
 孔からちゅくちゅくと汁をこぼしながら、翼は尻を揺すってしまう。澄也の眼が、うごめく翼の孔を見つめているのが分かって、脳髄に刺すような恥ずかしさと、熱を感じた。
(は、はずかし……いのに)
 飲み込んだ糸束を締め付けて揺すり、もっと気持ちよくなる場所をこすってもらおうと動く体を、止められない。
「あぁ、いやだ…せんぱ、もう、挿れて、くれよ…ッ」
 背筋がぶるぶる震えて、イきそうだった。糸束がちゅるっと孔を抜け、かわりに熱くたぎったモノが、翼のアナルに押し当てられた。
「あ……ああっ、あ…っ」
 ぐ、とそれが入ってくる。翼の腕も足も、ぶるぶると震えた。濡れた肉を押し分け、澄也の杭が入ってくる。
「あ…あつ…」
 腹の中まで、焼けるような熱。不意に、澄也が腰を突き入れた。
「あ、ああ、あああっ」
 根元まで押し込められた瞬間、翼はびくうっと体をしならせた。一瞬頭の中が白くなり、翼の性器から、白いほとばしりが湯面に吹き上がった。
「あ、ああ……ふ、うん…」
 びくっ、びくっと背と尻が震え、翼のアナルは澄也のペニスをぎゅうぎゅうと締め付けた。
「翼……」
 背に、キスされる。
「せんぱ、ごめ、俺……」
「構わない」
 澄也の手が、精を吐き出したばかりの翼の性器を握った。やわやわと揉みこみながら、澄也はゆるゆると腰を動かし始めた。
「…ん、んう…」
 秘奥の一番感じる部分を、もどかしく刺激されて、すぐに翼の喉から甘い声があがりはじめた。
「あ、あは、はう…っ」
 乱れた声が、バスルームに反響する。肌と肌のこすれる音に、ぐちゅぐちゅとたつ卑猥な音、動く度に湯面が揺れて、ちゃぷんちゃぷん、と波が立つ。体を支えるために渡された糸束に乳首がすれ、じん、じん、と体の奥へ快感が集まる。翼の性器はすぐに硬くなり、澄也の動きも激しく、深く変わっていく。
「あ、ああ、ん、あっ」
(…気持ち、いい……)
 体中溶けていく。心もほどけて、恥ずかしさが薄れて、翼はあられもなく喘ぎながら、ほとんど無意識に腰を振り澄也の性器を感じ続けた。
「せんぱ、せんぱい……あっ、あ…んっ」
 澄也が腰を折り、深く抜き差ししながら翼のうなじに口付けてきた。甘く広がる毒。
 意識が飛んでいきそうになる。
「……お前は、毒だな」
 澄也が耳元でつぶやいた。
「甘すぎる…、蜜毒だ」


  

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