創世記
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樹海の糸 −1−





―――貴方を…守ってくれることでしょう。凛・バーレイグ





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 エルムトは落ちた。
 功労者は……皇太子であった。





 凛は、大きな黒い布で包んだソレを手にウナヴァーガルの森を歩く。
 数日前まで自分に対し威嚇さえ見せた魔獣達が…。
 今や、凛を恐れるように見ていた。


 事は、数日前。
 エルトムに進軍した時まで遡る。
「陛下ぁ!危ないっ!」
 叫んだものの名など覚えていない。そのものの生死すら。
 目の前に、敵方の刃が降り落ちた瞬間。
 ぱぁぁぁぁ………―――と、凛が胸元に入れていたあの、古びた短剣が光出したのだ。
 それからは、あっという間だった。
 自分の身長ほどはあろう大きな剣に変わったと思ったら、その剣自体から魔力を放出し出した。
「…ファルシオン…」
 呟いたのは誰だったか…。


「…ローズ?」
 東屋に、人の気配はない。
「ローズ?」
 いつも微笑んで迎え入れてくれる青年の名を呼んでみるが、留守のようだった。
「ロー…っ!」
 首筋につき付けられた短剣。
(気がつかなかった!この、私がっ!?)
「…二人共留守だ」
 初めて聞くその声は、すっと短剣を凛の喉元から取り払った。
「なんの用だ、若造」
 亜麻色の髪に緑の瞳。
 男の容姿に見覚えはないが、その体から放たれる魔力には覚えがあった。
「貴様…いつも小屋の外にいる」
 どさっと、男は手に持った薬草の入った籠を下ろした。
「二人共、近くの池に水浴びだろう。おっと、邪魔しに行くなよ?」
「妻の素肌を見られたくないと、はっきり言ったらどうだ?」
 それに、男は苦笑した。
「残念。流石に若造なだけあって、見る目がない。この俺があいつの旦那様に見えるのかい?たいしたモンだ」
「貴様っ…!」
「それと…。俺は、貴族だかなんだかしらねぇが、そういったヤツ等が大っ嫌いなんだ。この国の皇帝が誰であれ、貴様がその息子であろうがなかろうが関係ない。……あの二人を傷つけてみろ…殺すっ…!」
「親父殿は関係ないっ!貴様こそ…気に食わん。殺してやる!」
 やってみろよとばかりに、男は立ち上がった。
「やめなって、二人共。家…壊す気?」
 片手に相変わらず白いウサギのぬいぐるみをかかえた童女を抱いた青年が、その場に立っていた。
「凛…ソレ、扱えたんだね」
 くいっと、青年は凛の手に握られている黒い布に巻かれていたソレを顎で示した。
「…お前に聞きたい事がある」
「ソレの事でしょう?ソレだったら簡単。この森に落っこちていただけだから」
 にっこりと微笑みながら、青年は童女を降ろした。





「扱えたとは、な」
「波動を感じ取ったから、知ってはいたけど。まだ、第一形態だよ」
 凛が先ほどローズと呼んでいた青年…ロキは、薬草をより分けながら呟いた。
 偽名。
 偽りの名を使って、ロキとレグルスは暮していた。
 アルファズル帝国において、ロキ・ローレンズ、レグルスという名は禁なのだから。
 それに加え、偽名とは元々正体を隠すために用いる物である。
 二人にとっても、それに変わりはなかった。
「第一形態でも大した物だろう?大抵のヤツが、アレの価値に気付かず…そして、封印を解けない」
「先ほどまでこばかにした喧嘩ごしの台詞を言っていたヤツと、同一人物とは思えませんねぇ〜」
 ロキは隣に座る童女、ヘルにそう微笑んで見せる。
「阿呆。俺は、実力主義者だからな。時と場合もあるし…」
「彼は、もっともっと強くなる。だって、兄様の子だもの」
「ロキ…」
 あ、とロキは小さく呟いて舌をペロリと出した。
「ごめん〜。気をつけてるんだけど、どうしても、さ。なんていうの…あの子が、あんなに大きくなったんだなぁって思うと、感慨もひとしおって」
「知らぬわけではあるまい?あの噂」
「あの…噂?」
 レグルスの言葉に、ロキは首を傾げた。
「…アルの第一子…つまりは、あの凛がパープル・アイズの持ち主だという噂だ」
「……知ってるし…。それに、噂じゃなくて真実だね」
 ロキは、断言するかのようにレグルスを見上げる。
 そして、額にすぅと一本線を引いた。
「おまけに、第三の瞳の持ち主だよ、あの子」
「見たのか?!」
「…見ちゃっただけ」
 レグルスは、その言葉の含む意味を感じ取って大人しくなった。
「あの子…可愛そうに。愛されなかったみたいだね」
「ロ…」
「…スヴァリ様も亡くなられ…兄様も変わってしまわれた。結局は、俺の所為なのかなぁ?」
「それは…」
 違うとは言えなかった。
 少なくとも、アルダフェズルが変わってしまった要因はそこだから。
「別に気を使わなくてもいいよ、レグルス」
「ロキ…」
「…俺だって……変わったさ」
 左手の中指。
 そこにはまる指輪に口付けた。





「それで?」
 アルダフェズルは、玉座から息子を見下ろした。
「そのファルシオンは、どこで手にいれた」
「何度も言いますが、親父殿。拾っただけです」
 凛は、玉座の父を睨み付ける。
 その傍には、今にも溜息をつきかねないガルムの姿。
「本当に拾ったの?」
 クスクスと、場違いな声がする。
 それは、軽く頭を下げると凛の隣に並んだ。
「最近、よく外出している様だけれど…?兄様」
 次兄の瑠が、面白そうに笑った。
 彼の登場に、ガルムはとうとう小さな溜息を吐く。

 第一子・凛は、スヴァリの子。
 第二子・瑠は、シュシュの子。

 そして、アルダフェズルにとっては彼らは『息子』ではないのだろう。
 凛が産まれてから段々とロキが沈むようになった。
 瑠が生まれた夜。ロキはレグルスと共に姿を消した。
 アルダフェズルにとっては、彼らは『息子』というよりも『仇』に近いのだろう。
「どこで拾ったのかは知らぬが…ガルム」
 ようやく、自分がここに居なければならない『仕事』を仰せつかって、ガルムは内心安堵の溜息をつく。
「そのファルシオンは、名を【闇のヴェルザンディ】。ファルシオンの中でも、陛下の【漆黒の脅威】と並ぶ破壊力を持っています。…陛下の【漆黒の脅威】が幻であるのならば、【闇のヴェルザンディ】は、破壊王。かつて、それを手にした者はあまのり破壊力の凄さについていけず…その身を【ヴェルザンディ】に食われたと言われております」
「…食われた?」
 アルダフェズルが。
 その瞳に影を落とす。
「…【闇のヴェルザンディ】別名……【主食い】」
 呟いて、面白そうに唇の端を歪める。
「せいぜい食われぬ様、気をつける事だな…凛」
 くつくつと、アルダフェズルは息子の危機を笑った。





+++++






 ウサギのぬいぐるみを両手に抱いて、ぽよぽよと空を飛ぶ黒い影。
 漆黒の髪が、風に流れている。
 ぽよぽよ。
「……ドコ?」
 ぽよぽよ浮かびながら、ヘルは呟いた。

―――迷子になっちゃうから、遠くに行っちゃダメだよ

 愛しい母の声が聞こえてきた。
「…これが、迷子?」
 ヘルは、初めて経験する『迷子』というものに心躍らせていた。
 ……子供とは、時に思いがけない『偶然』をうむものである。





「殿下?」
「…なんだ」
 凛は、今までトリップしていた意識を近衛兵のその言葉で戻した。
「いえ。先ほどから様子がヘンでしたので」
「…構うな。貴様には関係の無いこと」
 城下に凛は、降りてきていた。
 アルダフェズルの名代として、城下の軍詰め所に行っていたのだ。
 対エルムトの功績を労う為に。
 不意に、一瞬物凄い魔力を感じた……気がした。
 はっとしてその魔力を感じた場所…上空を見上げて、凛は眉根を寄せた。
「アレは…チビ?」
 ぽよぽよ〜んと飛んでいる小さな魔族。
「不審ですな」
 そう言って、近衛兵が飛びかかろうとしたのを制して、凛は漆黒の翼を広げた。
「チビ!」
「…にーたま」
 ぽよぽと飛んでいたのは、確かにウナヴァーガルの森で薬師を営む、ローズ…ロキの子であった。
「何故、チビが?一人、なわけではないよな…?」
 ウナヴァーガルの森と城下では、距離がありすぎる。
 凛は最高位の魔族であるからこそ…けれども、半日以上も飛び続けてようやく着けるのだ。
 こんな所、チビ一人で来られたとは考えにくい。
「ローズや、あの男は?」
「……迷子」
 チビは、凛を見上げてそれだけ言った。
「まいご?」
「……ここ、ドコ?…迷子、なったのー」
 その言葉に、凛は額に手を当てた。





「レグルスッ!」
 それは、悲鳴のようなものであった。
 街から食料を調達して帰ってきた瞬間、本名で呼ばれて…それが切羽詰ったものであったレグルスは、慌ててロキの元へと駆け寄った。
「ロキ!どうした」
「ヘルが…あの子が…っ!」
「落ち付け…!あの子は、滅多に殺されるようなタマじゃ無いぞ」
 何せ…と続けようしたレグルスは、次の瞬間言葉を失った。
「なん…だと?」
「だから!凛から使い魔が来たっ!…王宮に…いるっ!!」
 レグルスは、目の前が真っ青になるかと思った。
 いや…既にロキの顔は真っ青で…今にも倒れてしまいそうだ。
「…落ちつけ…いや、落ちつこう…ロキ。何も…王宮にいるからといって…何もかもが暴かれる訳ではない」
 レグルスは、今にも泣き出しそうなロキを粗末な椅子へと座らせた。
「それに…いざとなったら、あの子は自分で自分を守れる…な?」



 創造主よ…。
 何故、こんなにもロキを苦しめる?
 この美しき暗黒界において『唯一の力』を与えた…
 あなたの愛し子を!



「…もし…もし、知られてしまうような事があったら…俺が、出向くから…」
 レグルスが呟いた。





+++++






 ウナヴァーガルのロキに、チビを拾い一晩王宮に泊めた後、明日、送るという旨を伝えた凛は童女を胸に抱き、王宮を自室目指して進んだ。
 ……周りの好奇の視線も気にせずに。
『主』
 黒い一匹の大きな狼が悠々と歩いてくる。
『主、そちらは?』
「恩人だ…命の、な」
 含みを込めて凛はフローズヴィトニルに返した。
「子供服はあったな…チビに合うサイズだと…」
『円様あたりが合うかと』
 8男の円。
 フローズヴィトニルは凛の腕の中の子と、円を脳裏で比較した。
『主…もしやと思うが、主の隠し子では…』
「……居たとして…私が連れてくると思うか?」
『愚問でしたな』
 凛にそのような事を聞いて唯一処罰されない者。それが、フローズヴィトニルである。
 野次馬の顔に、ホッと安堵の色が浮かぶ。
 しかし、ではこの子は誰だ?
 疑問が去ったわけではない。
 つかつかと、目の前から我が物顔で廊下を歩く一人の男とその側近であるもう一人を見留がめた瞬間、凛の瞳がきついものになる。
 我が物顔…と言っても、ここは彼のものであるのだから致し方がないこと。
 皇帝、アルダフェズル・ハーヴィだった。
 凛になんの興味も示さなかったアルダフェズルだったが、その腕に抱かれている子供が抱かれて居ることを見て足を止めた。
「お前の子か?」
 あっさりと。
 まるで、明日の天気を聞くように気だるげに髪をかきあげる。
「親父殿まで面白い事を言う。この子は、私の知人だ」
 凛の言葉に、アルダフェズルは童女を隅から隅まで観察した。
「名は?」
「ヘルという」





 息子が腕に抱いていた子供を見た時、アルダフェズルは不思議な感覚に陥っていた。
(ああ…そうか…)
 ふっと、口元がほころぶる
 それは、凛が。
 フローズヴィトニルが…。
 周りの野次馬が初めて見た皇帝の『表情』だった。
(子供の頃のロキと…)
 似ていると、ガルムも思った。
 だからこそ、アルダフェズルは口元をほころばせたのだろう。
 我知らずと…。
 なんて哀しいのだろうと、ガルムは思う。
 ロキは…。
 彼の愛した弟にして最愛のあの子は、アルダフェズルの心を壊していった。
 例え、そこにどんな理由があったにせよ。
 しかし、ガルムは知っていた。
 きっと、アルダフェズルには言えない理由があったのだろうと。
 それを、何故かレグルスが知っていてそれに加担したのだろうと。
 レグルスはそういう男だ。
 そして。
 ロキもまた、そういう子だった。
「あとで、その子を食堂に」
 ざわっと、周りがざわめく。
「一緒に食事を」
 そういうと、アルダフェズルは童女の頭を一度だけ撫でた。


to be continued...

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